「馳走」を知る旅、唐津 Vol.2 「殿山窯と由起子窯」
The place of "Chiso (omotenashi) " -Karatsu, Saga vol.2

(2020.08.16)
唐津滞在の2日目、まるで遠足が楽しみな子どものように、私は4時半に目が覚め、唐津の街を2時間弱、ひたすら歩いていました。娘がいると、なかなか大股で散歩もできないので、こういう時間は本当に貴重です。

この日は、唐津から車を走らせ、かつては豊臣秀吉の文禄、慶長の役の出兵基地であり、朝鮮から来日した陶工たちが降り立った、名護屋という場所に窯を構える、殿山窯の矢野直人さんを訪ねる機会をいただきました。矢野さんの陶房は、まさにその名護屋湾を一望できる丘に建っており、よく晴れたこの日は紺碧色の海を背景に、矢野さんが作られた絵唐津の向付の器が、その自然を謳歌しているかのような悠々たる表情で佇んでいました。

夏の葉の茂りに映える絵唐津の器


矢野さんの創作に対するモチベーションの原点にあるのは、400年前の唐津焼である、古唐津。「古唐津がもっと知りたくて、欲しくて。器を買うために、器を焼いていると言ってもいいかもしれない。人を好きになると、もっと知りたい、知りたい、と思いますよね。それと似ているんです。」と矢野さんは言います。例えば、重力の流れであったり、熱は下から上に流れる、さまざまな先人の知恵、手仕事の積み重ねを、手に入れた古唐津を通して疑似体験するという壮大な時間旅行は、もしかすると考古学や地質学に通じるものがあるかもしれません。

古唐津の尽きない魅力について語る、矢野さん


矢野さんが収集した、400年前の古唐津の断片


「良い土を探し掘り起こす、という始まりから、陶土にして窯で焼き、器が完成し人の手にわたる、という終わりまで、始まりから終わりまでを全て自分の手で行っているという産業って、今本当に少ないんです。」
確かに、携帯電話の中身がどのような仕組みになっているか、お寿司屋さんでさえ、その魚がどの海のどの場所で釣られたなど、私たちは理解することなく、その恩恵を享受しています。創造力だの、オリジナリティだのが、世の中でもてはやされてはいますが、そのほとんどが、先人が作ってきたもの、日々の自然との対話の中から発明し発見してきたものの上塗り、コピーペーストに過ぎないのだと思い、矢野さんの考えに深く共鳴しました。


その日の午後、都内の器屋さんで拝見してからファンであった、唐津市内にある土屋由起子さんの窯を訪れることができました。その日は35度の真夏日だったため、由起子さんの計らいでまずご自宅にお邪魔することに。銀座で料理人を長年営んでいらっしゃったご主人が作って下さった、白いんげんの白玉汁粉とお抹茶をご馳走になりました。奥様である由起子さんの器で、旦那様が作ったお菓子とお茶をいただく。なんという贅沢でしょう。
由起子さんに、たくさん質問したいことがあったのですが、あまりにも有難いおもてなしに、しばらく恍惚としてしまい、ただただそのひとときに酔いしれました。

由起子さんの器と、旦那様が作られたお菓子とお抹茶


唐津出身で生まれ唐津で育った、生粋の唐津っ子である由起子さんは、もともとお父様が骨董に詳しく、自然と器に慣れ親しんでいったそうです。ご自宅のお茶室には、由起子さんが作陶された花器や、由起子窯の代名詞とも言われる黒唐津のお皿が整然と並べられており、一つひとつを手にとると、古色蒼然とした印象がありながらも、穏やかで柔和な雰囲気をお持ちの由起子さんからは、想像もつかないほどの情熱を感じます。

令和をモチーフにした可愛らしい菊文様の型について説明する、由起子さん


由起子窯の入り口に並ぶ作品の数々


この後、黒唐津のお皿を頂いたのですが、家に届くなり、由起子さんのことを全く知らない家族が「この器は、器がどんな風な空間に置かれるのか、どんな料理が盛り付けされるのか、使い手のことを想像されながら作られた気がするなあ。」と言ったので、とても驚きました。器と料理、由起子さんと旦那様がそれぞれ切磋琢磨し、お互いを高め合いながら新しい境地を拓いていく、そんな関係性が器を通して、初めて見る人にも伝わるのかもしれません。

土屋由起子さんと旦那様の英二さんは、唐津市内で器と料理のワークショップをされているそうです。現在の状況が落ち着いたら、ぜひ参加したいものです。ご興味のある方は、由起子窯様まで。

KARAE Journal Vol.01 由起子窯 土屋由起子



(Vol.3に続きます)